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店を開けて5年が経ちます。
ここまでまさか生きていけるとは、開店当初は思っていなかった。気が合う皆様も随分と増えた。随分と増えた。
開店当初の想定は、特定少数の他者のために店を開けるつもりでありましたが、実際の今のところは特定少数の皆様を探しているといった具合になってしまいました。ある種の不可逆性を孕んでいるため、もう後には戻ることはできない。
バランス感覚というものを常に意識するのである。平たく盛り上がる術を模索するのである。滑走路を意識して場を作っていくのである。会話に土足は厳禁なのである。とある共通点で簡単にこじ開けられる鍵は早急に取り替えるべきなのである。様々を踏まえた上で遂に、心の通いへと移行するのである。
一方、飲み屋の話というものを織り交ぜる必要があるのである。それに対して皮肉な目線は常に持っておく必要があるのである。時に「何歳に見えますか?」などの質問にも真向から答え、可能であれば自分から心の頭を下げて質問することも必要なのである。しかしながら、皮肉な目線を常に保つこと。堕ちていった酒飲み達には迎合してはならない。
寝ます、いつか追記する。
悲鳴かもしれない
ここ半年間くらい悪い評価が続いておりますが、まあ仕方ねえことでありますが。万人に好かれる商売ではありませんが、俺の世界の万人には好かれる商売でありますが。例えば芸能人や、インディーズバンドへも店へも人へも、おかげ様で優しくなれそうです。ありがとうございます。まあさすがに結構凹むこともあるのですが、良質な酒場を目指して腐心する毎日の結果、傷つけてしまった方々には申し訳ないであります。
以下。
店舗のルールや支払い方法の可不可、壁に貼るなり、"ルールを明記しておけ"という方々は、本当に苦手です。嫌いではありません。わかるけど真っ向から反論しないと阿呆な社会になっていく一方だと思っている。希望が失せる。
時代や社会や地域や情勢や、合わせるところは合わせますが、狭い範囲ではありますが、心苦しい時もありますが、私は個人的な温故知新をやっているわけで、完全に新しく時代に合わせていくつもりは毛頭ない。書いているから守ろうとかではないというか。「痴漢は犯罪です」「ポイ捨てやめましょう!」って書いているからやめようってわけではないでしょう。心があるからやらないのでしょう。
店のルールが様々と明記されている店に、自分くらいはなりたくない。例えば繁華街でやっているわけでもないのだから。小さい店ですし、何かと生きづらい社会ですから、飲みに出た時くらいはルールとか、あんまり見たくないんです。
ただ、最低限、飲み屋のマナーはあると思うので、それは何年か前に書いた通りです。今思うとこれは厳しいなとか、あるかもしれないけど、あくまで入口のマナーなので。
つまり、店ごとにルールや雰囲気みたいなものはあるわけで、Aの店でウケた話や注文方法、飲み方が、Bの店では全くウケない、なんてことは当然あるわけで。店側がそれを決めるのではなく、あくまでルールは自治的に生まれるものであり、店が明記するものではないと思いたい。もちろん、お客様ファーストでもないし、誰ファーストでもない。強いて言うならば酒ファーストであろう。つまり、と言ったのにわかりづらいな。
つまり、俺は俺の理想を作るので、それに合う方が居ましたら幸いです。全員に愛想尽かされたら終了です。合わせることはしないと思う。悪口を言われても仕方がないだろうけど、当店を好んでくださる貴重な恩人様、たまには良い評価でも投稿してくれると、寿命が伸びそうなものです。心が折れないようにがんばります。いつもありがたや
30歳、誕生日近辺の日記
3/13(29歳、最終日)朝、起きたら551の焼売がテーブルに並んでいた。2つつまんだ。幸せでした。妻が前日、大阪に相撲を見に行っていたお土産である。ありがとうございました。

3/13(29歳、最終日)昼、ラーメン二郎京都店にて、20代に別れを告げる一杯。いつまでも食うと思うけど。ここ数年、ダントツでいちばん食べている、ほぼ最寄りの飲食店。本当に世話になっている。ありがとうございました。

夜は店を開ける。幸せであります。酒をいただきました。開栓できていない酒もありますが、来るべき祝時か、何でもない日にいただきます。ありがとうございました。

3/14(誕生日当日)昼、1人で余っているもの定食(図らずも大盛り)をいただきます。
ご飯、汁物、煮物、焼物、寿司、刺身、鶏、フルコースをいただきました。自分が生きるために食べたい食事を作ることができるようになりました。確かに毎年毎年、まだまだ食事、料理は楽しい。食べ過ぎたな。

食事を終えて、妻の職場へ。靴をプレゼンしてもらった。人間は生きている限り身体がくさくなるので、靴は心配ですが、なるべく長く長く付き合っていきたいと思います。ありがとうございます。

高田酒店を経て、磔磔にて友部正人さんのライブへ。言わずもがな高田渡さんに傾倒していたため、高田酒田を経てからである。

俺に世界を与えてくれた1人。妻と合流し、なんとなくナシゴレンを食べながらビールを飲んだ。2時間近くのライブに、途中少しウトウトしてしまう情けなさもありながら、魔法のような時間が過ぎた。「6月の夜、チルチルミチルは」と「銀座線を探して」を購入し、CDと自分の店のショップカードにサインを書いてもらった。2025.3.14を刻んでもらった。ありがとうございました。

夜は鉄鍋でカニを焼いたり、豚を焼いたり、焼売を焼いたりして、酒を飲んで眠った。朝起きて、鉄鍋に残った旨みに水、天かす、ネギを入れ、凝縮させたスープを飲む。この幸せを感じられる人になれた。この幸せを共有できる人がいる。ありがとうございました。


昼はホワイトソースのオムライス 〜チキン乗せ〜 と、チキンスープを作ってもらった。これが誠においしかった。ゆえに食べすぎた。ありがとうございました。

カラオケへ行こうという話になり、店の空室の関係と、百万遍のカラオケが嫌いなので、今出川へ行くことになりました。大学生の頃、通った街で、30歳になって歌う、河島英五の時代おくれ。ありがとうございました。
その後、散々迷って散歩した結果、サイゼリヤ一乗寺店へ。8分くらい待って入店。普段頼まない方のワインを1本頼んだ。普段頼まないラム肉の高いやつを注文してみたかったけど売り切れていた。サイゼリヤの角の席で、共同自作の100の質問に取り組んで笑った。家に帰って鶏肝缶でちょっと飲んだ。
ありがとうございました。

おめでとう2
明石北高校 卒業
同志社大学 入学
同志社大学 卒業
両備ホールディングス株式会社 入社(コネ)
退社 23歳(自主都合』
フリーター
リサイクル屋、立ち飲み屋、ホテル清掃、居酒屋を経て、
寝台船(居酒屋)はじまり 25歳
寝台船(居酒屋)継続中 30歳
現在の生活はデコボコではあるけど、結構笑えることも多く、投げ出したくなって時にいろいろ投げ出したりもしているけど、なんとか生活ができている。
誰かと笑って怒って泣いて、楽しく生きている。怒らない方がいいとは思うけど、これに関しては申し訳ない。
怒りや悔しさ、分類するならば負のエネルギーが原動力になって、ここまで大して給負せずに走ってきた。給負していれば、現在地は居ない。
怒りや悔しさ、分類するならば負のエネルギー、それ即ち理想との距離、または、希望が絶している状態。その辺から来る。あと過去の自分への後悔と、現在の自分への溜息。列挙しすぎた。
尊敬できる先輩は居ても、真の理想は現実になくて、俺の思う理想が現実にないということは、つまり現実で俺の理想が叶うことはないと思っていた。20歳くらい。皆様なんとなく思っていることだと思う。やりたいことやれないなら別に死んだっていいとか言い出す20歳くらい。そんな俺が居たら肩組んで話を聞いてやりたいけどできない。そんなやつが居たら肩組んでやりたいけどできない。そんなやつが言い返して来たら、やっぱり一発しばきたくなるもんである。しばかんけど。
若い時(20歳前後のことを若いと言う、30歳もまだまだ若いやんみたいな言葉は今は結構です。)の自分は、あまりにも痛い人間で、今ですら多々痛いのに、比じゃないくらい痛くて。ただ、2025年の若い方々も等しく痛い。ただそう思うと痛いのではなく、なんとか生活できている30歳と乖離しているだけですね多分。
乖離、社会的じゃない部分が突出したタイプの乖離だからこそ、痛くなりやすい。痛さを笑う簡単なので、しちゃいけない。話をしなくてはいけないけど、知人や生命や社会に対して失礼な痛さにはやっぱり怒ってしまう。悩み。この悩みに対して答えを出して抱負にしたいものであるが、難しい。自分自身に向いた刃については、そこまで思わへんのやけど、誰かが言われていると喧嘩になりやすい。殺人事件も多分、そういうパターンが多いよね、彼、彼女を救うのは私だ、みたいな。気をつけないといけない。
そういう意味ではもう少し自分本位になった方がいいような気がする。代理戦争みたいなものが多すぎる。他人の有事に対して正しい正しくない、他人の創作物への評価に対しての評価、もうグッナイでいいですね。
ただ、やっぱり、こういう人、こういう物、店が売れていると未来が楽しくなるって思うと声をあげないといけないような気もする。俺の未来、小さな未来くらい、なんとかならんものか。政治のようなもんですわな。
破滅的に酒飲んでその辺で倒れて寝て、社会に中指立てて、限界が来て金を稼ぐようになって、奇跡的になんとかなってきて、そうすると社会がフラットに見えてきて、政治の話を始めるという、大人が幾人と歩んで来た道そのものに居る。
ただ政治に対して少しだけ話すと、俺は外国人は好きじゃなくて、洋画もビートルズもほぼ知らないような人間で、結構傾きのあるタイプなんですけど、友達のおかげで、いろいろな人と会えて話して共有して、辿り着いているのは、居酒屋と同じで、ある程度の作法を守って楽しくやりましょう、日本人も悪いやつはすこぶる悪い、ただ外国人を特別視する気は全くなくて、俺は日本の風土が好きやから愛してくれたら仲良くやろうぜって感じです。気持ち常連びいきがあるのは仕方ねえかな。
ほんで、なぜ店やっているかと言うと、元々国語の先生中学を目指していたけど、俺じゃない方がいい、俺はまともな人間ではない(痛さ)という気持ちになってきて、将来の指針を失い、途方に暮れ、そんな時に、しんじさん、きむらさん、まこっちゃん、こんな俺でもおもしろいと思ってくれる大人に会えて、生きてていいんだ、このままの俺も認めてもらえるんだという体験を生まれて初めてして、俺もそうなりたいと思って店を開けた。親には愛されていた。
だから俺の出身は陽。俺に救える何かが少しでも存在していたら嬉しいけど、本当はそんなものない方が嬉しい。日々が祭りであればいい。ただ、今でも会える皆様、会えないけど思ってくれている皆様に多大なる感謝であります。俺もようやく30歳になりました。
人を救いたいし、社会の役に立ちたい、そのためと思えるならまだケンカしなけりゃならないと今は思ってしまっていてそれが幼くて悲しい。この幼さを超えるのが30歳からの目標。
そして家庭を守りたい。
30歳からも楽しんで開いていく!
希望を求めて、出歩いた先で
おめでとう
12時に起きる。テーブルの上に、妻が土産で買って来てくれた551の焼売が置いてあって、明日で生まれて30年。20代最後の目覚め、俺の人生、幸せである。
精神に効く砥石はあるんか
最近、喋りが滑らかにできず、発音が変になったり、言葉が詰まる。脳に異常が来ているというよりは、自信や迷いや恐れ、そういった精神的不振が影響していると思う。
死にたいと思っても実行はしない。死を選ぶには死んでいった命を見過ぎた。尊び過ぎた。逃げ出したいという気持ちがいちばん近い。逃げ出したい。遠くへ行きたい。
逃げ場を作りたいと思って作られた優しい空間。優しい空間に染みついた人間の温もりからまた逃げ出したくなるのである。またダメになる。このままではダメが基準になってしまう。こうやって人は壊れていくのかな。対策せえ
俺にとっての薬は
店を開けることが嫌になって、ということを数日前に書いたのですが、生活には金が必要ですから店を開ける以外に俺には生きる術がない。というか、仕事を変えたなら、社会や世界や地球や人類史において、俺の存在意義は消失するのであります。
店を開けることが嫌になっても、店を開けないわけにはいかないわけで、っていうか、店を開ける以外の薬がないわけで、好きな飯を食っても風呂へゆっくり浸かっても誰も知らない遠くの街へ出かけても、例えば人の生命を感じないような大自然に身を投じても、それは薬にはならない。僕が僕であるために、そのものである。
店を開けたら、いい日があった。本を開けば灯りが在った。どうやら俺は間違っちゃいない。店を開けたら、いい日があった。それ以外に、俺にとっての薬はない。