お金を伸ばして使い果たして

高速化により手に入れた時間で暇を潰し、自動化によりもたらされた余裕を当然にして、今日も一日おつかれ様が飛び交う。

果てのない利便化、満たされない強欲、進むしかない経済。働くしかない生活。がたんごとんがたんごとん。

何も否定しちゃいない、俯瞰した気になって、自己陶酔を決めこんでいるのです。本当は否定したいのかもしれないけど。がたんごとんがたんごとん。

 

自動販売機で飲み物を買うと、待ち時間なしで百数円分の満足を得る。飲み物が在るうちは百数円分を引き延ばしてその価値を味わえる。コーラだったらまずくなるからできないけど。

場合によっては1日分の飲水行動を百数円で賄うこともできるし、刹那的な飲水欲求も百数円で即座に賄える。便利な時代なのだろう。

 

ところで目的地への切符を買い電車に乗ると、目的地までの待ち時間が発生する。待ち時間なしで目的地へ行けるという自動販売機のようなインスタントは無い。

そこで、提案ですが身体の運送料の他に、目的地までの待ち時間と車内滞在料も支払っているということにして生きてみるのはいかがかしら。

ぼーっと何かを考える時間や、今ここに言葉を記している時間や、読書、視聴、観察など多くのことができる、マナーを守れば飲食も可である。悪くない空間。無機質なカラフル、そんな感じ。この空間に滞在する料金も込みで考えた方が面白い時が多そうだ。尤も、クレームを言いたくなる状況も多分にあるのだろうけど。

 

何にお金を支払うのか、というのは考えてみるとおもしろいと思った。考えてみた。頭が痛くなったのでやめた。がたんごとんがたんごとん。

 

コンビニエンスストアって名前にconvenienceが付いちゃってるのがおもしろい。スーパーマーケットもsuperが付いちゃってる。便利店。超市場。名前に首を絞められている。例えば何だろう。子どもに優男とか遊人とか、そういう名前付けちゃう感じ、まあそんな名前見ないけど。到底背負えそうにない。

 

怪しい警備員が今日もあちらこちらを警備しています。異常なしの異常、はいはい、以上ですよ。